16 October, 2007

11月1日、情報と技術の「新しい流れ」が見える一日


株式会社テックスタイルは、11月1日木曜日に東京丸ビルホールにて「群衆の叡智サミット 2007」(Wisdom of Crowds Summit)を開催いたします。

WEB開発にかかわる技術者、またマーケティング戦略・ブランド戦略担当者、大学・研究機関の研究者、および企業経営者の皆様を対象としています。

http://techstyle.jp/wocs/

2007年から始まる10年の情報経済は「群衆の叡智」によって大きく変革するといわれています。ジェームス・スロウィッキー著「みんなの意見は案外正しい(原題:Wisdom Of Crowds)」に著されている数々の興味深い事実は、一部の「権威」や「専門家」による品質維持の枠組みを、「群衆の叡智」が上回ることを示しました。

しかし、それはどれほど新たな情報パラダイムをもたらすのでしょうか。いや、すでにもたらし始めているのでしょうか。消費者、社員、コミュニティの意見を集約して、正しい意思決定に活用できるほどの精度を期待できるのでしょうか。群衆の意見を「叡智」に変える「目」とはいったいどのようなものでしょうか。

このような数々の疑問を受け、私たちは、数々の企業・団体様のご支援のもと、来る11月1日(木)、WEB開発にかかわる技術者、マーケティング・ブランド担当者、大学・研究機関の研究者、および企業経営者の皆様を対象としたシンポジウム『群衆の叡智サミット2007』を開催し、公開討論会の形をとることといたしました。

セッションは3つあり、WEBの世界から見られるコンセプト、オープンソースをはじめとするソフトウェアに関する問題、そして最後には予測市場(Prediction Market)の話にまで切り込みます。この話題の論客として、珠玉のパネラー陣が集まりました。どうなることやら、わくわくしています。

座席数には限りがありますが、お誘いあわせの上、ふるってご参加ください。

http://techstyle.jp/wocs/

06 October, 2007

「真善美」を追う本質欲求の時代の企業評価?

HRIの稲増さんから教えていただいたことの抜粋。

「差別化、物欲を満たされたあと、真善美(しんぜんび)、すなわち人と人とのつながり、感謝、心の充実などを求める本質欲求の時代へとの動きがある。それは企業の評価への影響しており、「国語算数理科社会」を評価するBSCの視点に加え、「音楽英語」、すなわち価値観や社会とのつながり力、CSRが重要視されてきている。それがWeb2.0のようなオープンリソース(open resource)の流れにもつながる」


この流れは新鮮な視点です。

2002年に創業した株式会社テックスタイルは、情報経済の観点で群集の叡智の「目」を研究開発し、その成果を顧客へのIT効果改善、事業推進上の意思決定に適用していくというビジネスを模索しています。

技術志向としては、オープンスタンダード、オープンソース、情報セキュリティへの精通を道具としての強みとしていますが、しかし、それだけで完結しないということをいろんな成功と失敗から学ばせていただいてきました。

そこで、はたして本質欲求の観点で「良い企業とは?」との問われると、なんて答えるんだろう?

そうそう、お恥ずかしながら、共通認識を作る第一歩として、テックスタイル・グループの「コード」を永遠のβ版として公開しています。(「テックスタイル・グループ・コード」)これが不思議なことに、社外の反響が少なくないんですよ。

そこで、今日の私の答えは、良い企業とは「競争事業を行う組織としてのミッションが、社会の健全な進歩と協調していること」

で、次にくるべき質問、「では、その評価基準は何が適正か?」これはどうだろう。それぞれの状況なり、進歩なりの何を見ればレベル感をつかめるのか、、、これはさらに難しい。

それに、どの視点からの指標を見たらいいんでしょうね。

顧客から、株主から、社内から、それぞれステイクホルダーですから、重要ではないとは言いませんが、あくまで主観的かつ相対的な評価軸です。とすると、個別企業にとっての優先順位によるか。

その点、ITインフラの評価基準は簡単なんですよねー。アクセス数などの利用率、コンバージョンレート、MTBFやMTBRなどのSLA遵守率、DR対応のパフォーマンスなど。これらは定量値ですから分析も簡単。

しかし、それだけに主眼を置いては、もはや本質欲求の時代では「効果」として価値が確立しにくい。事業の成績にあまり出てこない、いわば「副教科」の成績はどうなのよ、という話につながります。

セキュリティにせよ、オープンソースにせよ、はたまたマーケティング戦略立案にせよ、利益・利害を超えて、「なぜそうするのか」という視点がとても大切だと思いました。

企業活動あるいはその成果が、あえて、事業以外のフィールドでどのようにシェアされているのか、という視点があるのかな、なんて考えています。

ブレストしたいので、なんかトリガーになるようなヒントください(^^;

okdt@もりもり模索中

16 September, 2007

NexTalk「OSSとイノベーション」掲載、しかし・・・。

9月10日、UNIADEXのサイトNexTalkにて、Feature Story:U&U BITS 2007 パネルディスカッション - オープンソースによるビジネスイノベーション インパクトのある打ち手を探るが公開されました。

この記事は、本年6月7日に開催されたイベントの要旨の紹介記事です。

吉岡弘隆さん、宇佐美茂男さん、中尾貴光さん、松隈基至さん(あえて実名列挙)なんてアツイ皆さんとのしゃべり倒しのプログラムが90分。事例の話もわんさとあったんですけどね、ざっと、まとめ記事になるとロジック以外はそぎ落とされちゃうのは仕方ないかな・・・。

こういうライブは本番でサプライズが多いです。是非ご来場ください。

松隈さんはじめ、UNIADEXの皆さま、毎度毎度、勇気ある機会の提供、ありがとうございます。m(_ _)m

- o - o - o - o - o - o - o -

蛇足編:

しかし・・・

でも、写真が・・・
スマートじゃない・・・(当社比) (T T)


レコーディングダイエットの名著「いつまでもデブと思うなよ」の著者、岡田斗司夫さんのブログに掲載されたやせる前画像に激似かも?

okdt版スタート地点の記録を突きつけられたような感じになっちゃってるじゃないかorz

するとmixiで、おごちゃん曰く:
「写真ってのは、『真実を写す』って書くんだよ。」

ぐ・・・。
「ディスってんじゃねーよメーン。(- -;)」

弱い・・・。

# でも、ここで「そんなの関係ねぇ」ではダメよねw

そういえば食欲の秋だメーン。

05 September, 2007

"ISO rejects Microsoft OOXML but the battle is far from over"

9月4日は待ちに待ったISO/IECのOOXML承認に関する投票期間終了日でした。
この24時間、各国の対応についてニュースが飛び交っていました。
(英国は×、USは○、中国は×など)

タイトルは以下の検索で出てきたニュースのひとつからピックアップしたものです。

http://www.google.com/news?hl=en&ned=us&q=OOXML&btnG=Search+News


MS OOXMLがISO化第1ラウンド「落ち」というのは決定した模様です。
各国の方向性がそれぞれに見えるのは面白いですね。

いち早く、マイコミさんが中国のオピニオンをピックアップしています。
「中国の共創軟件聯盟、MicrosoftのOOXMLに関する6つの問題点を指摘」
http://journal.mycom.co.jp/news/2007/09/05/013/index.html


参考までに、日本は「No with comments」だ、と、村田真さんが書いておられました。この前の記事では、その経緯も書いてあります。
http://www.xmlmaster.org/murata/xmlblog/xb070731.html
No with commentsに決まった。


これが今後どのような展開を見せるかはわかりませんが、大事な節目だと言えます。

なお、ざっくりこれまでの時系列整理をした私用のドキュメントも作ってありますので、ご関心おありの方は個別にメールいただければ幸いです。

13 August, 2007

「車輪の再発明ロックイン」がソフトウェア業界をダメにする

ITProの「今こそ問われるプログラミング雑誌の価値」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20070801/278804/

を読んで、なにか引っかかるなあと思ったら、これだ。

SOA(サービス指向アーキテクチャ),SaaSなどはいずれも「できるだけソフトウエアを作らない」「実装を意識しない」方向を目指している。


私はそうは思わない。この記者は「SOAもSaaSも世の中の車輪の再発明を極端に減らすアプローチだ」と理解しているからこういうことを書くのかな。しかし、残念なお知らせだが(w)、基盤のレイヤーが据えられると、世の中はもっとものづくりをしなければならなくなる。

省庁の分離調達の狙いにアプリケーション基盤を標準化すると、よりユーザに利便性が高く、ハコモノベンダーの垂直統合ロックインを受けず、かつ、利用価値の高いアプリケーションの構築が迅速に構築可能なパラダイムを作れるかもしれない、というのがある。

日本ペイントの神原さんがガートナーのサミットで言ってたことも、まんまそんな感じ。アプリ構築側も、ハコと分けられ、相互連携性をミッションとされることで緊張感がでて良いのだ。

つまり、もっともっと、頭を使ったものづくりをしなきゃいけなくなるのだ。

仮にすでにあっても、知恵を出す余地があるなら、躊躇なく作らなければ。イノベーションはレガシーな存在価値より知恵の価値なのよ。


「車輪の再発明」って何かって話はWikipediaの解説で、往々にしてシニカルな意味だよというところも含め、これを参照していただくとして、

はてなキーワードによると、こんなことが書いてあった。
■ Perlにおける「車輪の再発明」の実例

jcode.pl→Jcode.pm→Encode.pm


ああ、これだ・・・。まったくわかっていない。「車輪の再発明」による思考停止が、このキーワードで書かれているところが絶妙だ。

モジュールが外部とのインターフェースを持つことは機能の利便性の観点からとても重要。そのためにアップグレードないしはリメイクされることの意義を度外視してはいけない。

つまり、単機能だけを見れば、一見リファクタリングかもしれないが、インターフェースのインターオペラビリティも含めて機能と考えれば、それを単に「車輪の再発明」なんてどころではない変化が起こるよね。

車輪もタイヤもキャタピラもいっしょくたにしてはみもふたもない。

世の中のSoAやSaaSはプログラミングしない方向だ、なんて発言は、「そろそろ世の中にはなんでもそろっている」という思考から、安直に「みんな、そこそこくっついちゃうんじゃないの?」みたいな思考から出てきてるんじゃないのかね。楽観的だなあ。

でも、いずれにしても、それは「プログラミングしない方向」というのとは違う。

「Googleでできるよロックイン」と私が呼んでいる現象があって、何か作ろうとしたときに、「それってGoogleでできる(あるいは、Googleのサービスにある)」という反応が返ってくるんだよね。これも、ある種の「車輪の再発明」という言葉で思考停止する現象だ。

たとえば、「公開されているPDFを横断的にマークアップ&シェアしたいんだよ」「それってfiletype:pdfってやればいいじゃん」みたいな。

もちろん、存じ上げておりますよ・・・。

そして「車輪の再発明」という言葉も大抵ついてくるんだよな・・・。「それってGoogleでできる」が「その機能が必要とされる人たちに広く使われている」は全く違う。

目的を遂行するのが手段なのであって、ひとつの手段にロックインされて、目的を強く推進するのを怠るなんてナンセンスだ。

ルールが標準化され、それを活用したい人たちによるエントロピーが高くなってくると、その中でのバリエーションが出てきて、あらゆる利害関係者による集中と選択がおこり、最終的には最初定義された「機能」では予想もしなかった便益が創出される。

なんでも指差して「すでにある」というのはカンタンだが、そもそも、それをスタート地点と見るか、ゴールと見るかで人ののびしろは大きく違うんだよね。

A rolling stone gathers no moss.


どうせ回るなら出来合いの車輪よりも、こっちの方向で。

p.s.
コードなにがし、よろしくです。